福岡高等裁判所 昭和50年(行コ)2号 判決 1975年4月03日
福岡市博多区綱場町九番二八号
控訴人
九州勧業株式会社
右代表者代表取締役
太田凱夫
右訴訟代理人弁護士
山本彦助
同
田村豊
福岡市東区大字馬出千代松原一、一三〇番地
被控訴人
博多税務署長 三角隆
右指定代理人
岡崎真喜次
同
石橋国忠
同
脇山一郎
同
大神哲成
同
伊東次男
同
江崎福信
同
高田民男
右当事者間の法人税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和四二年一二月二二日付でなした控訴人の昭和三九年一〇月一日から昭和四〇年九月三〇日に至る事業年度の法人税額等の更正処分中所得金額金一七八万二、八七七円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴人)
一、昭和二八年八月七日制定の法律第一七四号法人税法は、附則第八項において、その適用範囲をわざわざ特別に定め、法人解散の場合のみなし配当について「昭和二八年八月七日以後に解散した法人ならびに昭和二五年四月一日から昭和二八年八月六日までに解散した法人で所定の要件に該当する法人から受取つた残余財産分配金についてのみ適用し」とし、それに引続いて更に「昭和二五年四月一日前に解散した法人から受取つた残余財産の分配金については、なお従前の例による」としている。この場合の「従前の例」は、昭和二八年法人税法が適用されていない昭和二五年四月一日以前の税法に、これを求めなければならない。
二、次に大正二年所得税法では、法人株主への分配金を課税対象としていたが、その後分配金の源泉である清算所得に課税をなすべきであつて、法人株主への分配金については課税すべきでないとの論議が有力となり、大正九年所得税法では清算所得に対する課税規定を新たに設けることとした。換言すれば、大正九年税法では、清算所得課税を設け、その反面分配金課税は今後これを廃止する旨宣言したのである。そして、この方式が昭和二五年法人税法改正まで続き、実際にも亦その間分配金課税はなかつた。昭和二五年法人税法附則第一二項では、同年四月一日前の法人の解散により法人が取得したみなし配当について同法を適用しない旨規定しているので、昭和二五年四月一日前の解散法人より取得した金銭の額等はその直前の法である昭和二三年の法人税法が適用される筋合であり、同法では清算所得への課税のみが規定され、分配金への課税はなかつた。従つて、昭和二五年四月一日前にした法人の解散又は合併により法人が取得した金銭の額等は同法第九条第一項の所得の計算上これを益金に算入すべきこと明らかであるという解釈は明らかに誤つている。
三、更に、昭和二八年法人税法附則第八項にいう「従前の例」を、今仮りに昭和二五年法人税法の中に求めるとしても、昭和二五年四月一日法人税法附則第一二項における「適用しない」の意味を、益金不算入という否定的規定の適用を排除し、本則の原則規定が適用されて益金として課税してよいと解するのは、附則経過規定にもとる解釈といわざるを得ない。控訴人はこの「適用しない」を「遡及して適用しない」という意味に解するのである。
法人税法は、これを沿革的に見ると、そこには幾度の変遷を重ねているが、税法は国民の財産権に重大な関係があるので、その殆どが附則に経過規定を設け、その中に新法が旧法施行時の既得権を侵害しないために新法不遡及の原則を注意的に掲げている。その一つは「従前の例による」という表現形式で、この事例は枚挙に暇がない程用いられている。他は「適用しない」という表現形式で、この事例は大正九年所得税法附則第七条、昭和一五年法人税附則第一〇〇条及び昭和二五年法人税法附則第一二項だけである。このうち前二者は格別問題を生じないが、昭和二五年のそれは、偶々非課税規定であつたため、形式論理によれば否定の否定が肯定に通ずることになり、課税の肯定的結論を引出し得ないこともないけれども、何故この場合だけ例外的に別異に解釈しなければならないのか。附則の経過規定そのものは、新法と旧法との間に起る既得権侵害の調整を図るために設けられるものであつて、同一法人税法中の本則と附則との間の関係を律するものではない。
四、 最後に、昭和二五年法人税法附則第一二項にいう昭和二五より前に解散した法人といえば、その殆ど全部が大正九年の所得税法改正以来昭和二五年法人税法改正前までの約三〇年間に解散した法人を指すことが明らかである。その間は益金としての法人課税も、残余財産分配としての法人課税も、これを認めた事例はないばかりか、これを認める税法上の根拠規定もなかつたのである。もしそうであるとすれば、昭和二五年に突如として益金算入課税が現われ、以後はそれより前に解散した法人の残余財産の分配金を益金として課税することになり、昭和二五年を境として同じ対象に対して、その前後で取扱を異にすることになつて、既得権侵害の問題が起るばかりでなく、この間の解散法人の残余財産に対しては、源泉課税としての清算所得課税とその清算所得の分配金への課税との二重課税という不合理な結果をもたらすことになる。
この再度の課税の場合、明治三二年所得税法第四条第二項、大正二年所得税法第一四条第一項第五号(その後も、昭和二五年所得税法第五条第一項第二号、昭和四〇年所得税法第九二条第二項イ等)の規定の如く、一定の控除額を設けることによつて、この二重課税への非難をかわそうとしている。かかる場合を「新たに租税を課する場合」として各税法の本則に正面から関係規定を設けるよう命じているのが、憲法にいう租税法律主義であつて、税法の建前もこれに従つている。
このような清算所得或いは解散法人の残余財産という個別課税種目の新たな出現は、それ以前の課税方式を発展的に解消し、清算所得税を納付した残余財産から分配金を受取る個人株主への課税を従前の個人の一時所得への課税という課税方式によらず、「みなし配当」(昭和一五年所得税法第八条第二号)として新たな課税規定を設けた。その際、法人株主への分配金については、所謂トンネル方式を採用するので、その利益が最終的には個人株主に帰属するという理由から、最終段階の受益者たる個人株主にのみ課税すれば足りると考えたのである(もつとも、この個人株主への「みなし配当」課税は昭和二〇年の所得税法で廃止されている)。
このことから、清算所得課税後の残余財産分配の場合、これを受取る株主(個人・法人)への課税は、憲法の命ずるところに従つて、新たな課税として、税法の本則に明確な関係課税規定を必要とする。
(被控訴人)
一、昭和二八年法人税法附則第八項は、昭和二八年八月七日以後解散した法人及び昭和二五年四月一日から昭和二八年八月六日までに解散した法人から受取つた残余財産分配金については同法第九条の六第二項を適用し、昭和二五年四月一日前に解散した法人から受取つた残余財産分配金については従前の例によるものとしている。しかし、右附則第八項が対象としている残余財産分配金は、いずれも昭和二八年法人税法施行期間中に終了する事業年度に分配された分配金であつて、ただ残余財産を分配した法人の解散年月日に差異があるというに過きないのである。このことは昭和二八年法人税法はその施行期間中に終了する事業年度の法人の所得を対象としていることからも当然である。従つて、右附則第八項のいう従前の例とは、昭和二八年法人税法施行日の直前に効力を有していた法人税法の施行期間中に終了した事業年度に、昭和二五年四月一日前に解散した法人から受取つた残余財産分配金がどのように取扱われていたかということである。そうであれば、右附則第八項のいう従前の例が昭和二五年法人税法であることは明らかである。
二、昭和二五年法人税法附則第一二項の「適用しない」との文言は、もともと遡及適用の問題を全く含まないものである。
三、昭和二五年法人税法施行前の税法において、法人株主が受取つた残余財産分配金を当該法人の所得計算上益金不算入とする規定は、どこにも見当らない。従つて、法人株主が受取つた残余財産分配金は、当該法人の所得計算上益金に算入されるべきものと解さざるを得ない。
仮りに、昭和二五年法人税法施行前に非課税扱いとされていたものが、昭和二五年法人税法施行後課税されることになつたとしても、そのことは立法政策の問題であり、既得権侵害の問題を生ずる余地はない。昭和二五年法人税法施行前にすでに終了した事業年度の法人の所得についても、昭和二五年法人税法を遡及適用して課税しようとするものではない。昭和二五年法人税法が同法施行後に終了する事業年度の法人の所得を対象とする限り、遡及適用の問題を生じない。
なお、本件においては厳密な意味における二重課税の問題も生じない。大正五年に解散した九州製油株式会社の清算所得については、清算所得課税を行うべき根拠規定がないので、これを行つていない。従つて、本件残余財産分配金を係争事業年度の益金に加算することによつて、二重課税の問題を生ずる余地は全くない。
理由
当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は原判決理由の説示するところと全く同一であるから、これを引用する。
控訴人は当審において縷々主張するが、昭和二五年法人税法における附則第一二項において法人株主の昭和二五年四月一日より前に解散した法人から受取つた残余財産分配金を益金に算入しない旨の同法第九条の六第一項の規定が適用されない結果、原則規定たる昭和四〇年法人税法第二二条の「別段の定めがあるもの」に該当しないので、収益として算定すべきことは、同法の解散上当然導かれるべき結論であつて、前記附則を規定文言とは別異に解釈することはできず、またこれをもつて租税法律主義にもどるものでないことはもとより、既得権侵害、二重課税の問題を生ずるものでもない。(清算法人の清算所得に対する課税を法人に対してなすか、これを受取るべきものに対してなすかは、竟その方式の問題に過ぎないというべきところ、成立に争いのない甲第四号証によつて窺える如く、本件においては、清算法人たる訴外九州製油株式会社に対しては、残余財産売却による清算所得に対して法人税が課せられていないので、これと比較するとき、右の規定が合理性を欠くものとはいえない)。
してみれば、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 生田謙二 裁判官 富田郁郎)